2016/05/03



記念館へは松山市の中心から南へ3キロほど離れているため、伊予鉄バス砥部(とべ)線を利用します. 松山市駅からならば3番のりばのバスに乗車し、最寄りの「天山橋(あまやまばし)」バス停(写真1枚目)まで約20分、運賃片道260円です. 降車後は松山市側に少し歩いた先にある橋があるので、その橋から西側を見た際にある黒い建物(写真2枚目)が目的の記念館となります. 見た目は薄い屋根が乗っかった四角いハコという非常にシンプルでコンパクトな建物です.
伊丹十三氏(本名:池内義弘)は昭和初期に活躍した映画監督 伊丹万作(いたみ まんさく)氏の長男として生まれ、父の死を契機として松山に移住します. 商業デザイナーとして活動後に俳優となり、数年後には著書『ヨーロッパ退屈日記』がヒットしエッセイストに. 51歳には初の映画監督を務めた『お葬式』で日本アカデミー賞など30の賞を受賞する快挙を成し遂げます. しかし1997年、伊丹氏は麻布のマンション下で遺体で発見されるという原因不明の最期を迎えます. この記念館は、そんな伊丹氏の生涯を伝える場として2007年に開館しました.






外観をもう少し細かく見ていきます. 記念館は27.3m角の正方形の平面をしているため、窓などの開口の位置を除けば四面が全て同じファサードになっています. 真っ黒い外壁は焼いた杉板を縦方向に羽目張りしたもの. 窓の大きさが一般的な住宅に用いられるようなタイプのものが多いからか、記念館というよりは住宅のような印象を受けます. すぐ近くのガレージには、伊丹氏の愛車「ベントレー コンチネンタルE-BD」の現物が展示されていました.
松山市街から少し離れたこの場所は、『一六タルト』で有名な株式会社一六本舗の社員駐車場でした. 記念館のすぐ隣には一六本舗のグループ本社である「松山ITM本社ビル」があります. 伊丹氏と一六本舗の社長である玉置泰(たまおき やすし)氏は、1976年に伊丹氏が一六タルトのCMを手がけて以来の深い仲で、存命時にこの場所に父(万作氏)の記念館を作る予定でした. 現在は伊丹氏の記念館ですが、万作氏の企画展も開催されることがあります.





それでは記念館に突入です. 受付とショップが備わるロビーは白を基調とした空間に木の鮮やかなカウンターや家具が置かれる落ち着きに満ちた空間です. そしてガラスの向こう側には、一本の巨木がポツンと建つ気持ちの良さそうな中庭が確認できます. カウンター奥にある展示室へのドアをみると、四角形に切り取られた透明ガラスの先から伊丹氏が「やぁ、いらっしゃい」と温かく迎え入れてくれています.
家のようなコンパクトな外観と気持ちの良さそうな中庭をあわせ持つこの記念館を設計したのは建築家 中村好文(なかむら よしふみ)氏です. 住宅建築をメインに活躍されている建築家で、過去には吉村順三氏のもとで家具製作のアシスタントも担当しています. 以前に中村氏のビデオを見た思い出があるのですが、見るからに気持ちの良さそうな素晴らしい住宅を手がけて甚く感銘を受け、同氏が手がけた数少ない公共建築ということで前々から楽しみにしてました.
中村氏は若い頃から伊丹氏のエッセイを愛読する『イタミスト』だったらしく、設計者として紹介しようかという電話の際には二つ返事でこれをOKしたそうです. 写真5枚目の案内図を見て分かる通り、この記念館は正方形の建物のど真ん中を矩形の中庭にした極めてシンプルな構成. 中村氏は敷地をぐるっと見渡した際に「この建物は内側に意識を向かわせるべきだ!」と直感し、欧州でみた修道院建築をヒントに中庭を回廊で巡るプランを設計しました.






常設展示室では、伊丹『十三』の名をヒントに伊丹氏の人生を13のテーマで時系列ごとに紹介しています. デザイナー、俳優、エッセイスト、料理通、乗り物マニア、精神分析啓蒙家、CM作家、映画監督等々… 小さなショーウインドウに1テーマずつわかりやすく展示されています. 更に面白いのは引き出しを開けると現れる展示品や、イラストの描かれたロール紙をハンドルでグルグル回す仕掛けなど、手作り感溢れる中村氏らしい展示デザインも魅力的です.
展示室をでると先程ロビーから見た中庭へとでます. 季節が冬明けだったため、中庭中央にポツンと建つカツラの木の葉も落ちきっているのですが、夏には庭の芝生共々青々しい緑の葉をつけるそうです. 襖の敷居のような表面をした回廊の壁面の正体はツガの縁甲板で、近づくとほんのりと木の香りが漂います. 天井は白のヴォールト天井になっており、夕暮れには壁の照明を天井方向に照射して暖かみのある間接照明になるそうです.




中庭の奥には『タンポポ』と呼ばれるカフェが併設されているのですが、このカフェ内にある椅子からカウンターに至るまでその家具のほとんどが中村氏によるデザイン. 実際に腰掛けてみるとすごくフィットする気持ち良さがあり、長年家具設計に関わってきた匠の技を肌で感じ取れました. カウンターにある木を削ってつくった小銭受け(写真4枚目)など木で作ったかわいらしい中村デザインは館内に色々あるので探してみてください.
そしてこのカフェもう一つの名物は店員さんです. こちらが「建築で来たんです〜」と言うと中村氏の話を皮切りにめちゃめちゃ熱くこの記念館の建築について語ってくれました. それだけではなく「一六本社は伊東さんよ〜」とか「道後の一六も中村さんで〜」とかもう語りまくり. 更に聞くと普段は開かない「収蔵庫」が毎年5月中旬に見学ツアーが開催されるそうで、建築好きなら是非見に行くべきだと奨められました. いつでもいるかは定かではないですが、カフェしながらこの人と数十分語ってみるのも十分にアリかと思います.
最後に軽くまとめとして、この記念館を一言で表すのであれば「やぁ、いらっしゃい」という伊丹氏の言葉に収束されると思います. 家のような佇まいといい中庭といい、ここは『伊丹十三の家』そのものです. 中庭のカツラの木の寄りかかりながら本を読み、訪れ行く人に向かって「楽しんでいって!」と伊丹氏が語りかけてくれる. そんな家のような暖かさに満ちた場所なんだと私は感じました. 松山に来たら是非一度、ではでは今回はここまで〜
コメント