




美術館の最寄駅となるのは、茶所である掛川と県の最西端駅である新所原を北回りに結ぶ天竜浜名湖鉄道線の中心駅 天竜二俣駅. 探訪当日は掛川から向かったため、1両の気動車
(写真1枚目)でゴトゴトとのどかな田園風景や山の景色を進むこと50分で到着です. このローカル線には36件にも及ぶ施設が登録有形文化財に指定されており、昭和15年に建てられた天竜二俣駅の駅舎
(写真2枚目)やプラットフォームもその一つです.
駅からは美術館方面のバスが設定されていますが、今回は歩いて美術館へ. 時間はだいたい15〜20分ほどです. 途中からは写真3枚目のような気持ちの良い川沿いを進みながらどんどん北へ. 奥にまで山々の広がるこの山間風景に惹かれてしまいます. 天竜区は浜松市の政令指定都市化に伴って2005年に誕生した比較的新しい行政区で、その6割は森林地帯です. 区の代表的な河川である『天竜川』はボート競技場としても知られるなど、レジャースポットも豊富です.






美術館のメインゲート
(写真1枚目)から、本館へと歩いていきます. 奥の高台には、本館の屋根がちょこっとだけ見えています. 駐車場はメインゲート付近にありますが、ご覧の通り本館までは上り坂なので、足腰の弱い方が同乗している車用に、坂を上った先にも駐車場が数台分確保されています.
ゲート付近では屋根だけしか見えなかった本館ですが、次第に歩いて行くと写真2枚目のような感じに. 緑豊かな森林にうまい具合に隠れながらも、大きなとんがり屋根を特徴とした本館のデザインは、ジブリ映画にでてきそうなメルヘンな佇まいです. 坂道手前から見上げた際に見えるテラスの木壁
(写真3枚目)には地元産のスギ材を綺麗に貼り込んでいます. 竣工から18年なので、当時と比較すると色合いはかなり変わったのだろうと思います.
道中で見られるユニークなものが、道に沿ってつくられた柵
(写真4枚目)や電柱
(写真5枚目). これらのほとんどは製材加工せず、自然体のままで組み立てられています. 電柱は木一本をほぼ無加工で丸々使用した大胆なもの. やり方は少々荒っぽいながらも、人の暖かみが感じられるっていいですね.






そして坂を登りきって本館に到着です. この美術館は天竜区二俣町(旧町名:磐田郡二俣町)で生まれ育った日本画家 秋野不矩
(あきの ふく)氏の作品を収蔵・展示する目的で建てられた公立美術館です. 合併前は「天竜市立〜」だったので、竣工当時の建築誌はその表記のままになっています. このメルヘンな佇まいの本館を手掛けたのが藤森照信
(ふじもり てるのぶ)氏. 「高過庵」や「神長官守矢史料館」などの奇抜で風土的(バナキュラー)な建築が特徴の『フジモリ建築』を手がけることで有名な建築家. このサイトでもフジモリ建築はこれが初となります.
美術館は大きな土壁の一枚壁の両脇に、方形の可愛らしい三角屋根のボリュームがついた奇抜な佇まい. 片方の三角屋根は壁を突き抜けているのも大胆. 全体的に黄土や茶色といった落ち着いた色合いをしているため、手前の芝や空の風景と絶妙にマッチしています. 屋根部の外壁
(写真3枚目)には節の多い木材を張っているため表情が非常に多彩. 瓦
(写真4枚目)は形のバラバラな鉄板を並べただけのよう. 採光窓の屋根支え
(写真5枚目)も本物の木が使われているのも細かいです.






屋根と並んで外観を構成しているのがこの土壁. 後で知りましたが、この土壁は白セメントのモルタルを着色して藁を混ぜたりしながら、本物と見間違うほどの質感を演出しています. 龍が舞ったような荒々しい表面
(写真3枚目)に9×9マスのようなユニーク開口. 木で組み上がった2基の樋
(写真4枚目)もカッコいいです. 藤森氏はこの樋について『ロンシャンの象の鼻の木製版』と称しています. 雨の日はどんな感じで水が流れてくるのか、非常に興味があります.
鉄やガラスといった近代素材を極力隠し、木や土に直物といった自然素材で独特の世界観を演出するフジモリ建築は、やっぱり見ていてワクワクさせてくれます. 新建築では『(竣工から)3年もすれば、風化によって年齢不詳、国籍不明の建物になる』と述べていましたが、本当にそんな感じになっているのが驚きです. 自然によって生まれた岩のような形態に、その土地の原住民がササっと仕上げを施したような、すごく自然と人の匂いが感じられるのが素晴らしいです.






館内は入口を入ってすぐにスリッパに履き替えて移動します. エントランスまででしたら、撮影はOKのようです. エントランスは2フロア吹抜けのど真ん中に、柱梁の立派な木組がアート作品のように鎮座するダイナミックな空間. 丸太をチェーンソーで荒削りをし、上の部分はバーナーで炭化させたものを使用しているようです. 材の一本一本に力強さがあります. テーブル
(写真3枚目 右)は日本古来の技法である『うち割り』 を再現したもの. 照明
(写真5枚目)は木の枝にぐるぐるに巻いて吊り下ろすなど、演出もユニークです.



エントランス横の扉からは、坂道のアプローチで見上げていたテラスに出られます. テラス周りには信州産のクリ材が使用され、壁面にも土壁の仕上げが施されています. テラス内にある家具
(写真2枚目)も、木を使用した面白いデザインが施されているのもグッドです. 奥に目を向ければ、青空の下に奥まで広がる北遠の雄大な森の景色
(写真3枚目)を楽しむことができます.






今回は特別にこの先の展示室の写真も掲載です.
このセクションの写真は美術館事務局様より特別に許可をもらって掲載しており、該当する写真にはロゴマーク(転載禁止)をつけています. 通常展示室での撮影はできませんのでご注意ください. この美術館の展示スタイルとして一風変わっているのは『靴を脱いで入る』ということ. エントランス奥の段差でスリッパを抜いて、裸足のまま奥へと進んでいきます.
まず初めに入ることになるのが長い廊下のような展示室となった「第一展示室」
(写真2枚目)です. 廊下に敷かれた籐(とう)ござ
(写真3枚目)の感触を足で感じながら、秋野氏の作品を鑑賞しながら進みます. そして奥に見えてくるのが、正方形平面の展示室となった「第二展示室」
(写真4枚目)、天井に壁、そして床の大理石
(写真5枚目)に至るまで白で統一された天井からは、トップライト
(写真6枚目)からのやわらかながボウッと降りてくるのが気持ち良いです.
なぜ裸足になる美術館をつくったのか、それは藤森氏が『不矩さんの絵の汚れのなさ(清浄感)と土足は似合わない』と考えていたためです. というのも、秋野氏自身も変わった経歴を持つ方で、花鳥風月のような日本画に興味を持たず、50代の頃に魅了されたインドの情景を描き続けました. 秋野氏の画風というのは彩度の強いカラッとしたもので、その向き合い方に対して『裸になるべき』と藤森氏は称しているのですが、それは流石に無理ということで裸足にしたそうです.





最後にご紹介するのは2階フロアです. 2階は展示室ではなく、市民ギャラリーという形でスペースを貸し出しています. 2階へはエントランスから通じる小さな廊下を進んでいきます. 狭いので、非常に洞窟感があってイイ. 途中にトイレやオフィスがあるのですが、そのロゴ
(写真2枚目)がとても手作り感のあるユニークなもの. 調べてみると、イラストレーターである南伸坊
(みなみ しんぼう)氏の手作りの版画デザインでした.
2階へ通じる階段からは、白を基調とした明るい空間だった1階フロアが嘘のように感じるほどの暗々しい空間. 壁面は杉板型枠のコンクリート、手摺はスチールと近代素材がゴリゴリに表現されています. 天井には木のルーバーがビッシリと張り巡らされ、外からの光がゆっくりと落ちてきていました. 1階が明るく、2階が暗い. まさに『天地反転』ともいうべき奇妙な現象が起こっていました. 2階に関しては調べていなかった分、これにはビックリです.
というわけで今回の探訪レポートはこの辺で. 今まで雑誌でしかお目にかかれなかったフジモリ建築ですが、実際に行ってみると壁や柱をじっくり見るだけでも十分に楽しい. ああいう素の(素人の)創作というクリエイティブ精神をくすぶってくれるデザインってなかなかないな〜と思います. これを見に天竜まで来る価値は十分にあります. 皆さんもぜひ一度. ではでは今回はここまで〜
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